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人工知能 政治・行政 水曜の朝午前8時

生命力が落ちてきているような気が〜AI議員が登場する日(仮題)2【水曜の朝、午前8時】

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マルオと理沙

「私ってなんなの」
松木理沙は、やりきれない気持ちを誰に聞いてもらうともなく、空気中に放出した。
理沙は、大木晋輔によって設立された『未来』が擁立した11人の候補者のひとりで、港区議会議員選挙に立候補して見事3位で当選したのだった。当選してから半年が経過して、やっと議員である自分に慣れてきたところだった。

通常、新人議員は議会内のしきたりや慣例を、同僚議員、先輩議員や議員経験者に教えてもらったり、議会事務局に確認したりして一つ一つ覚えていく。3期目ともなれば立派なベテランだが、新人のペーペーだからと言っても誰も手加減してくれない。
女性議員の場合は、たまに父親ほどもある年配のベテラン議員が近寄ってくることもあるが、これは気をつけないといけない。単に鼻の下を伸ばしていると思いきや、潰しに来る場合もあるからだ。特に政党に属さない議員が狙われる。テレビに出てくるのは華やかな女性議員ばかりで、中にはテレビに出てきそうな「オヤジころがし」をやってのける女性議員もいるが、それはごく一部だ。ほとんどの女性議員は地味で真剣だ。しかし、それではニュースにならないので、しっかり働いているのに有権者に知られないというジレンマが生じる。

理沙の容姿は決して「華やか」ではなかった。服装も地味で、渋谷の駅前や新宿の歌舞伎町を歩いていても、スカウトに声をかけられることは無いだろう。しかし、目つきだけは違った。初めて会った人が挨拶するのに一拍置くほどの眼光の強さがあり、人工知能の『マルオ』が理沙を候補に選んだ理由のひとつが「眼力の強さ」だった。相手に威圧感を与えるのではなく、むしろ優しさを感じさせる。しかし、どんな嘘も見透かしてしまうような鋭さがあった。
理沙と『マルオ』との関係は、有権者の寛容さとは裏腹に、議会内では恐れと嫉妬によってなかば孤立状態にあった。声をかけてくれる議員もいて、その議員たちと会派を組むこともできたが、理沙はひとりでいることを選んだ。

なぜ理沙がひとり会派となったのか。それは、議会のことに関しては、すべて『マルオ』が教えてくれたからだ。議会のしきたりや慣習だけではなく、先輩議員や同僚議員との付き合い方まで教えてくれる。誰かが事務所や議員控室に訪ねてきて理沙と話して帰ると、その人物の評価を行う。名刺の管理や支援者リストの作成までやってくれる。しかも、そのリストは、氏名、生年月日、住所、電話番号、メールアドレスだけでなく、思想信条、関心事や交友関係まで入っていて、リアルタイムで更新されている。まさに個人情報の塊だったのだが、どこからデータを持ってきたのかは教えてもらえなかった。

議員になれば、「委員会」と呼ばれる場で、質問をしなければならない。地方議会の委員会など、ほとんど報道されることはないが、「ベテラン」と呼ばれる古狸議員が居眠りをしていることなど日常茶飯事で、興味無さそうな顔であくびをしていたり、自分では任期中に一度も質問しないくせに、思い出したようにヤジを飛ばす議員もいる。議会中にタバコを吸いに喫煙室に行ってしまう議員も。しかし、そんな議員であっても、選挙の強さは別だ。バックに大きな支持組織がつくと、一週間ほどの選挙期間中だけ頭を下げていれば無事に当選となる。そんなところも政治への関心を低くしてしまう要因となっている。

理沙の質問や政策は、すべて『マルオ』が用意する。地域、いや世界中の膨大なデータに瞬時にアクセスすることができ、SNSから得られる地域の問題点が『マルオ』の頭には入っている。「子育てに関する政策は?」と質問すると、「中央公園の遊具の稼働率は港区では平均的だが、港区全体の遊具使用率は全国42位となっている。ここは子どもたちの遊びの場ではなく、ママさんたちの情報交換の場として作り直したほうが良い。子育てや地域情報が集まる場にするためにかかる費用は1200万円で、区の予算だけで十分可能である」といった提案がほんの1秒程度で出される。仮の設計図や予算見通しまで出されるから驚きだ。あとはプリンターから出力された資料を熟読しておくだけだ。『マルオ』は、港区のすべてのデータを知っているので、区の担当者がどのような答えを出してくるかまで想定してその問答集まで作ってしまう。

「別に私じゃなくても良いんじゃないの?」

理沙は、つい愚痴を言いそうになる。2回目の質問が終わった頃には、他の同僚議員からの陰口が聞こえるようになってきた。「あいつは人間の姿をしたAIなんだ」と。
最初は興味半分で理沙を追いかけていたメディアも、疑問を持ち始めた。なぜ理沙が候補者に選ばれたのだろうか。裏で何か大きな動きがあるのではないか。これは理沙だけではなく、他の10人の『未来』議員にも寄せられていた。ネット上では相変わらず賛否の意見が交わされていたが、どれも中途半端な情報や思い込みによる、意味のない意見の繰り返しが続くだけだった。
2回目の質問を無事に終えて控室に帰ってきた理沙に、『未来』同僚議員の千代田区議会議員小里千恵から電話がかかってきた。

「ねえ、知ってる?幹事長がさっき事故にあって入院したんだけど」
「ええ!知らない。大丈夫なの?」
「うん。ケガは大したことなかったらしいんだけど、ちょっと気になることがあって。あなたが知らないかと思って」
「どんなこと?」
「ちょっと電話では。会って話せない?」
「いいわよ。ちょうど質問が終わって、今日は帰るだけだから」
「良かった。じゃあそっちに行くわ。他にも話したいことがあるから食事しながらで良い?」
「いいわよ」
「じゃ、6時に」

(続く・・・かどうか)

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