思うこと 書き残しておきたいこと

竹内謙さん、さようなら

投稿日:2014年4月6日 更新日:


竹内謙さんが4月2日に亡くなった。73歳だった。

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竹内さんはインターネット市民メディア『JANJAN』や『ザ選挙』の生みの親。朝日新聞政治部記者や政治部編集委員などを務めた後、神奈川県鎌倉市長を2期務めて日本インターネット新聞社を立ち上げ、『JANJAN』や『ザ選挙』を創設した。

日本インターネット新聞社の経営状態が悪化し、『ザ選挙』が2010年3月に休止状態となったあと、私は『ザ選挙』立ち上げの設計に加わっていたこともあり、いろんなところから「あれはもったいない。ぜひ続けるべきだ」という話を聞いていた。

もともとは、竹内さんが「選挙用のデータベースを作りたい」ということで、2003年の長野県議会選挙立候補者データベースに目をつけて「高橋君、あれは何人で作ったんだ」と聞いてきた。「作ったのは僕一人で、データ入力は3人ほどで手分けして入れました」と答えたところ、「え?そんな少ない人数でできちゃうのか」と驚かれたようで、それから全国の選挙データベースを作るために竹内さんの事業に関わるようになった。

ところが、データがどこにもない。竹内さんは全国の全選挙のデータが揃わなければ意味が無いと考えていたが、肝心の総務省には無く、マスコミも公にできるものは無かった。つまり、ひとつひとつ選管に問い合わせしなければならなかった。総務省に行ったときに「それ(全国の全選挙のデータベース)は難しいと思います」と言われ、「それなら自分たちがやるしかない」と始めることになった。

しばらくはどこから進めて良いかわからず、2004年ごろからデータベースの設計を始めて、2006年7月7日に初代『ザ・選挙』がオープンした。しかし、残念ながら2010年3月に『ザ・選挙』は休止となった。

2010年の秋ごろ、竹内さんが『ザ・選挙』の引き継ぎ先を探していると聞き、何度か会って自分の想いを伝えた結果、引き継ぐことになった。

2011年3月3日、サーバーを移行し、『ザ選挙』として再オープンさせたものの、建て増しの田舎の旅館みたいになっていたシステムはまともに動かず、半年後にシステムの全面リニューアル。そして1年後に再度システムのリニューアルを行った。

相変わらず事業としては赤字続き。他の事業での利益をすべて注ぎ込んで赤字の額を減らしながらなんとか維持しているような状況で、竹内さんに面目が立たない。

そして、ふたりの想いだった「国政だけでなく、地方選挙でまともな政治家が選ばれるようにならなければ、日本は良くならない。今のように誰が立候補しているかわからないような状況ではダメだ」という選挙改革は、まだまだ道半ばというかスタートラインにも立てていない。

竹内さんは信頼して託してくれたのに、いつも弱音ばかり吐いてきて、安心させてあげられなかった。『JANJAN』でもたいして役に立てなかったし。

本当にごめんなさい。

ネット選挙が解禁になったのに、まだまだ政治家のインターネット活用は悲惨なレベルにある。 少しずつ兆しは見えてきているものの、そのスピードは遅すぎて話にならない。

自分はいったい何をやらなければならないのか。実はある程度わかっているのだけど、覚悟が足りないようで、一歩が踏み出せない。

『JANJAN』の編集部では、毎日6時になると冷蔵庫から缶ビールを出してきてプシュッと開けるのが日課だった。みんなそれで「ああ、6時か」と思ったものだった。先日のJANJANのOB会でも「竹内さんと言えば缶ビールだよなあ」と思い出話で盛り上がった。

うちの事務所にもたまにフラッと来てはお茶を飲みながら、短い間話をして「じゃあな」と帰っていった。

竹内さん、

確定申告の件で電話したとき、「俺はもうだめだ」と消え入るような声で言っていたのは嘘だと思っていたんですよ。「そんな冗談言わないで。また飲みに行きましょう」としか言えなかったじゃん。 せめてもう一回話したかった。

竹内さんの想いはなんとか繋いでいくけど、もし途中で力尽きたら笑ってください。

それまで、天国で缶ビールを飲みながら見ていてください。

 


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